読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ジェントルかっぱのブログ

読書、映画、美術鑑賞

【番外編】国立科学博物館 常設展 上野恩賜公園

東京にある繁華街では新宿、渋谷が著名であるが、それらの追随を許さない圧倒的な立ち位置を持っているのが、上野である。これはそれぞれの出自からくる差であって、新宿は地名から推測できるように甲州街道の宿場町、渋谷は円山町のラブホテル街から推察できるように花街をその出自とする。

都市が発展するときにその発展の方向性を決めるのが「人の流れ」と「そこに流れる人々の階層」である。宿場町はターミナルとして人々が交通する場所であるから人が流れる。街道を交通できるのは一定層の身分と所得がある人間だから中流以上の人間が多くなる。新宿は中流階級の町であった。

渋谷は地名からわかるように谷底の地形である。人間社会の法則として、上位階層の者は地理的に高いところに住み、下位階層の者は地理的に低いところに住む。タワーマンションでも上位階は高所得者が住む。渋谷が元々は社会的に底辺の人間たちが住み働く所であったのは、この法則によるのである。渋谷は下層階級の町であった。花街は吉原とか永井荷風の『墨東綺譚』の舞台である玉の井とか、いずれも低い場所である。

では上野はどうか。あそこは山であるから、身分の高い人間の住む場所なのである。誰が住む場所なのか。そこは徳川家の代々将軍の霊が住むところだったのだ。200年以上日本を支配した一族の死者が祀られる場所、徳川将軍家菩提寺である寛永寺の境内、それが上野の出自なのである。

だから上野は元々中流階級でも下層階級でもなく、上層の特権階級の為の場所であった。その歴史的な文脈が、日本一の美術館、博物館、音楽堂の集中をもたらしたのである。現代の私達は、上野に行けばいわゆる「本物」の、古典的な文化、芸術に出会うことができる。それも徳川の威光が現代まで余波として続いているからなのである。

 

上野にある文化施設の中で比較的奥まったところにあり、地味なイメージがあるのが国立科学博物館である。だがこの施設が取り扱うジャンルは幅広い。ここは「日本館」と「地球館」に別れているのだが今回は日本館には手が回らず、「地球館」を鑑賞するに留まった。

今回は3階からB2階へと降りる形で巡回したのだが、3階の展示エリアに入った途端に度肝を抜かれた。そこにあったのは大量の動物の剥製、剥製、剥製。説明書きによると、日系アメリカ人のヨシモトという大富豪が、世界中で動物を自分で狩猟して、剥製にして、コレクションしていたものだったそうである。

それを読んで連想したのはオーソン・ウェルズの『市民ケーン』で、ケーンはその屋敷に世界中の彫刻をコレクションしていたのであるが、このヨシモトという人は、ケーンどころではないスケールの「趣味」を持った人であった。現代の動物愛護的な価値観から観ると、大量の動物の剥製は残酷で不道徳なものに見えるが、「科学的」な資料としては、これは一級品である。いつか稿を改めて論じてみたいのだが、科学というのは本質的にその中に残虐性を持っているのである。

2階は科学技術の歴史についての展示があり、江戸時代の和算、万年時計、木製の骨格標本、大正時代の自動車の復元、零式戦闘機、真空管コンピューター、ロケットエンジンなど、幅広く興味深いことこの上ない。

また日本人ノーベル賞受賞者を表彰する特別コーナーがあり、一人ひとりの業績の解説、年表が展示されていた。

年表を見て気づいたのは、2000年頃からノーベル賞受賞者ラッシュが起きていることである。その象徴的存在である田中耕一さんは1959年生まれ、1983年島津製作所入社である。私は1950年から1980年の間の30年間は日本史上の「奇跡の30年」と考えている。田中さんはその世代の申し子なのだ。その30年間に蓄積されたものが一気に花開いたのが2000年代のノーベル賞ラッシュではなかったかと思う。桜の花の命は短い。現代の日本の状況を考えると、自然科学分野で、日本国内で研究する日本人がノーベル賞を受賞するのは無理になっていくであろう。

 

ドナルド・トランプは1950年代のアメリカを「Great」と位置づけ、その時代のアメリカの繁栄を復活させることを「Make America Great Again」と呼んだ。日本もいずれ、1950年から1980年の黄金の繁栄を懐かしみ、模範として復活させようとする運動が立ち上がってくるだろう。それは池田勇人田中角栄、特に田中角栄の再評価という形で現れるのではなかろうか。1950年代がいかにエネルギッシュで希望に溢れた時代であったかは、その当時に作られた映画を鑑賞すると、わかってくる。

私が常々不思議に思っているのは、ノーベル賞はなぜこんなに権威を持っているのか、どのような経緯でそのようになったのか、ということである。権威の正当性の由来がまるで不明なのである。現代ではノーベル賞を受賞すると、まるで人類の偉人の仲間入りをしたかのようだが、一体誰がそのように決めたのか。ノーベルが巨万の富を築くことができたのは戦争のおかげである。ダイナマイトを使用した大規模戦闘が行われたのが20世紀の戦争で、例えば戦闘にダイナマイトが使用された日露戦争の旅順攻略戦は1904年である。最初のノーベル賞が発表されたのは1901年である。ノーベル賞は本来的に20世紀のものだ。

 

1階の展示で特筆すべきは、系統樹と標本の展示である。床に生物の系統樹が描かれ、その先にはそれらの生物の実際の標本が大量に展示されているのだ。この展示には圧倒された。特に印象に残ったのは蝶の標本で、蝶の羽根模様の多様性、美しさ、デザイン性、これは一体何なのだ。誰が蝶をデザインしたのか、本当に神のような超越的存在はいないのか、生物進化とは何なのか。様々な困惑と驚きと考察をもたらしてくれる、非常に優れた展示であった。

B1は言わずと知れた恐竜の標本、ティラノサウルストリケラトプス、ステゴザウルス、ブロントザウルスである。トリケラトプスが思った以上に巨大である。

B2は化石、化石、化石。さまざまな古代生物の化石に取り囲まれる。その中でも特別な枠を設けられているのが三葉虫である。三葉虫ミュージアムショップで大判小判のような大小様々な標本が販売されており、その愛されっぷりはただ事ではない。三葉虫アンモナイトは古生物界の2大スターだ。

ミュージアムショップで販売されているグッズでユニークなのは、三葉虫アンモナイトの化石、鉱物などだが、ビーカーやフラスコなどの実験器具が売られているのも面白い。

 

上野という場所は、現代の世俗から距離をおいたところで、様々な時空のレベルにおける多様な価値観に触れることができる場所である。実はその価値観は現代社会で私達がどっぷり浸かっているものとはかなり異質なもので、危険ですらある。上野はタイムマシーンであり、テレポテーションマシーンである。上野に行けば私たちはたやすく時空を飛び越えることができる。上野はドラえもんなのだ。

その中でも国立科学博物館は、古生物から宇宙、進化、工業、技術と、とてつもなく広大なジャンルを網羅してコンパクトにまとめた、知の殿堂である。国立科学博物館は人に自分の無知を自覚させ、あまりにも謎の深いこの世界の様相に戦慄を覚えさしめる。国立科学博物館は、知的スペクタクルを提供してくれる、高品質のエンタテイメント施設である。