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ジェントルかっぱのブログ

読書、映画、美術鑑賞

【映画】『風が吹くまま』 キアロスタミ The Wind Will Carry Us

映画

小津安二郎を髣髴とさせる固定カメラを多用した構図で、写真のような美しい映像で古い村とテレビクルーの、死と生の境界線や往復を描いた作品。
イランのクルド人村落に到着したテレビクルーの目的は村で行われる葬式を撮影すること。だがお目当ての病人はなかなか死なず、一行は足止めを余儀なくされる。

主人公は村の外部から訪れ、村人の死をじっと待つ、死神のような存在だ。死神は外界と直接交信できないのであり、村にとっての死の境界線である丘の上の墓地まで行って初めて携帯を使用する事ができる。

村人の死を今か今かと待ち受ける主人公は、死の境界線でひたすら穴を掘る人物の生命の危機に際して立場を反転させる。そのきっかけは村の外部から来た医師との出会いであった。

村に外部から入ってくるのは死神たる彼と、生命を救う医者だけである。医者との出会いで死神の主人公は、彼がその死を待っている対象である村人を診てくれるように医師に依頼し、医師が処方した薬の搬送を自ら買って出る。

死んだ先の天国への希望よりも、現世で美味いワインを飲むほうが良い。生を超越した理念より現実の生活を生きることを優先する思想を選んだ彼は、日常生活を生きる村人たちの姿を写真に取り、死神の象徴として墓場で拾って保有していた人間の大腿骨を、川に捨てる。その川のほとりでは村の日常生活を共に生きる家畜たちが草を食んでいる。

暗闇の牛小屋で心を閉ざす少女と打ち解けるきっかけになったのは、詩であった。『イル・ポスティーノ』や『蝶の舌』では言葉や知識、特に詩が田舎の何もない村に精神的な潤いを与える役割をする。この映画の題名も若くして亡くなったイランの女性詩人フォルーグ・ファッロフザードから取られている。詩の持つ根本的な力を改めて感じさせてくれる作品である。


The Wind Will Carry Us
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Wind_Will_Carry_Us
https://www.youtube.com/watch?v=g3gpDKsk_Js

フォルーグ・ファッロフザード
Forough Farrokhzad
https://en.wikipedia.org/wiki/Forough_Farrokhzad

英語訳 The Wind Will Take Us

http://www.forughfarrokhzad.org/selectedworks/selectedworks1.php

渋谷ユーロスペース キアロスタミ全仕事

http://www.eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000136